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なでしこジャパンの黎明期を支えた元日本代表選手として注目を集める「とも」さん!
「とも」という愛称で活動した元なでしこリーガーには、宮本ともみさんと藤村智美さんという2名の名選手が該当します。
そんなともさんについて、

とも(元なでしこリーガー)の年齢や身長などwikiプロフと経歴を教えてほしい!
なんてアナタのために、wikiプロフィールから経歴・現在の活動までをまとめました。
Contents
とも(元なでしこリーガー)のwikiプロフィール
「とも」という愛称で親しまれた元なでしこリーガーは、1978年生まれの宮本ともみさんと藤村智美さんという2名の選手です。
どちらも1997年にプロキャリアをスタートさせた同世代の選手で、なでしこジャパンとして国際舞台で活躍しました!
ここでは、それぞれの基本プロフィールを項目別に整理していきますね。
ともの年齢や誕生日は?
宮本ともみさんの生年月日は1978年12月31日で、2026年5月時点での年齢は47歳です。
大みそかの生まれという、なんとも印象的な誕生日ですよね!
一方、藤村智美さんの生年月日は1978年5月30日で、同じく47歳となっています。
お二人とも1978年生まれの同学年で、日本女子サッカーの黎明期を駆け抜けてきた仲間なんですよ。
ともの身長や血液型は?
宮本ともみさんの身長は公式情報では未公表ですが、2004年アテネオリンピック出場時には「チーム最長身」と紹介されており、なでしこジャパンの中でも背の高い選手だったと言われています!
藤村智美さんの身長も公式には未公表ですが、ディフェンダーとして活躍されていたので、それなりの身長があったと推測されますね。
血液型については、両選手とも公表は確認できませんでした。
ともの本名や出身地は?
宮本ともみさんの本名は「宮本ともみ(みやもと ともみ)」さんで、旧姓は「三井」と言われています。
出身地は神奈川県相模原市で、地元の少年団でサッカーを始めたそうですよ!
藤村智美さんの本名は「藤村智美(ふじむら ともみ)」さんで、出身地は兵庫県です。
お二人とも下の名前が「ともみ」なので、「とも」という愛称で親しまれてきたんですね。
ともがなでしこリーガーになるまでの経歴
体力20分持たないです… pic.twitter.com/3z8k1W0PrJ
— 宮本ともみ (@mito1231_78) May 31, 2014
ともさんたちが、どのようにしてなでしこリーガーになったのか気になりますよね。
お二人ともサッカーへの情熱を幼少期から育み、地道な努力で日本代表まで上り詰めた選手です。
ここでは、幼少期からプロ入りまでの歩みをご紹介していきますね!
サッカーを始めた幼少期のとも
宮本ともみさんは、地元・神奈川県相模原市の少年団でサッカーを始めたと言われています。
当時はまだ女子サッカーがメジャーではない時代でしたが、男の子に混じってボールを追いかけていたようですね!
1994年からは相模原SCに所属し、1997年までこのチームで力をつけていきました。
この時期に培われた基礎技術が、後のボランチとしての活躍につながったと言えそうです。
藤村智美さんの幼少期の詳細は公開情報が限られていますが、1997年に高校3年生で日本代表に選出されていることから、相当な実力を持った選手だったことがうかがえますね!
強豪校での学生時代のとも
藤村智美さんは、高校時代に兵庫県の啓明女学院高校(現・啓明学院高校)女子サッカー部に所属していたと言われています。
この強豪校で実力を磨き、高校3年生の時にはなでしこジャパンに選出されるという快挙を成し遂げたんです!
1997年6月15日の中国代表戦で代表デビューを飾り、ここから本格的なプロキャリアがスタートしました。
高校在学中に代表に呼ばれるというのは、相当な実力がないと難しいですよね。
宮本ともみさんも1997年にプリマハムFCくノ一に入団し、同年に日本女子代表に初選出されています。
お二人とも19歳前後で代表入りという、まさに早熟の天才だったのです!
ともの元なでしこリーガーとしての活躍
レジェンドブルー! pic.twitter.com/zKczfHFXf5
— 宮本ともみ (@mito1231_78) May 31, 2014
ともさんたちは、なでしこリーグでどのような活躍を見せたのでしょうか。
お二人とも1997年にプロキャリアをスタートし、日本女子サッカーの発展に大きく貢献してきました。
ここからは、所属チームでの主な実績と引退の経緯をご紹介していきますね!
所属チームでの主な実績
宮本ともみさんは1997年から2012年まで15年間のプロキャリアを送り、なでしこリーグ通算228試合出場・22得点という素晴らしい成績を残しています!
所属チームはプリマハムFCくノ一(伊賀FCくノ一)を中心に、2009-2010年はTEPCOマリーゼに移籍、2011年に伊賀FCくノ一へ復帰という経緯をたどっています。
日本代表としても国際Aマッチ77試合出場・13得点を記録し、女子ワールドカップに3大会連続出場(1999年・2003年・2007年)、2004年アテネオリンピックにも出場するなど、なでしこジャパンの中心選手として活躍されました。
主なタイトル獲得歴は、以下のような華々しいものです。
・日本女子サッカーリーグ優勝:1回(1999年)
・L・リーグカップ優勝:2回(1997年、1998年)
・全日本女子サッカー選手権大会優勝:1回(1998年)
・Lリーグベストイレブン:2回(1999年、2003年)
結婚・出産を経て現役復帰を果たし、「日本女子代表初の子持ち代表選手」「ママさんボランチ」として大きな話題を呼んだことでも知られています!
一方の藤村智美さんは1997年から2009年まで12年間のプロキャリアを送り、伊賀FCくノ一とINAC神戸レオネッサで活躍しました。
2000年には第12回日本女子サッカーリーグでベストイレブンに選出され、日本代表としても国際Aマッチ20試合出場・1得点を記録されています。
ともが引退を決めた理由とは?
宮本ともみさんは、2012年12月5日に現役引退を表明しました。
公式な引退理由は明示されていませんが、2011年7月24日になでしこリーグ200試合出場を達成し、2012年シーズン終了をもって引退を決意されたようです。
引退試合となった2012年12月22日の皇后杯準決勝では、後半24分に同点ゴールを決め、これが現役最後の得点となりました!
宮本さん自身は過去のインタビューで「産んでいなかったら、それ以前にサッカーをやめていた」と語っており、出産が現役継続のモチベーションになっていたことを明かしています。
藤村智美さんは2009年に現役引退されましたが、具体的な引退理由は公開情報からは確認できませんでした。
引退後すぐにセレッソ大阪スクールコーチに就任し、指導者としての新たな道を歩み始めています。
ともの現在の活動とSNS
SAYONARA国立レジェンドマッチ。
— 宮本ともみ (@mito1231_78) May 31, 2014
最高のピッチコンディションでした。
ずっと憧れの国立。こんな舞台にもう一度立つことが出来て本当に幸せでした。 pic.twitter.com/KgMmVKbiaZ
宮本ともみさんは、2025年6月にINAC神戸レオネッサの監督(クラブ史上初の女性監督)に就任しました!
そして就任1年目の2026年5月3日には、なんとWEリーグ優勝(4季ぶり2度目・女性監督として初の快挙)を達成するという偉業を成し遂げています。
指導者としての経歴も華々しく、U-16〜U-20日本女子代表コーチを歴任し、2021年から2024年8月まではなでしこジャパンのコーチとして池田太監督を補佐、2024年パリ五輪でもベンチ入りを果たしていたそうですよ。
SNSは以下のアカウントで発信されていると言われています。
X(旧Twitter):@mito1231_78
Instagram:@tomomi_gon
藤村智美さんは、引退後にセレッソ大阪スクールコーチを経て、2011年5月にINAC神戸サッカースクールの指導スタッフとして復帰しました。
JFA夢先生プログラムにも参加し、後進の育成に尽力されています。
2011年以降の詳細な活動状況や公式SNSアカウントについては、公開情報からは確認できませんでした。
まとめ
・「とも」の愛称で活動した元なでしこリーガーは宮本ともみと藤村智美の2名
・宮本ともみは1978年12月31日生まれの神奈川県相模原市出身
・藤村智美は1978年5月30日生まれの兵庫県出身
・宮本ともみは現INAC神戸レオネッサ監督として2026年WEリーグ優勝を達成
・藤村智美は引退後セレッソ大阪・INAC神戸のスクールコーチとして活躍
今回、ともさんについて以上のことがわかりました!
お二人とも日本女子サッカーの黎明期から活躍し、引退後も指導者として後進の育成に尽力されている素晴らしい選手ですよね。
今後の活動からも目が離せません。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
